エッセイ2012年10月
280.首都圏料理界の現状なのか
(10月5日更新)
急激に気温が下がってきたので紅葉が一気に進んできた。今年は夏が暑かったので相当美しいものが見れそうだ。以前にも書いたが、これから木々が芽吹く日本の桜の美と、木々が枯れ行く紅葉の美では対極にある筈。それが人間の目には同じ様に美しく見えるのは考えてみると不思議だ。
デーブはやはり一番忙しい週末を終えて月曜には平然と帰ってきた。週末を終えても月曜から2件、しかもその内の1件は300数十名の大グループだったからあのタイミングで人数が増えたのはありがたいかもしれない。しかし姿勢云々はさておき、彼の技術レベルの低さには驚かされる。人の技術をどうこう言える力量がある訳ではないし、余程の事がなければこんな話まで書くものではないが、例えば今日も昨日のうちに彼が漬け込んだ豚ヒレの生姜醤油付けを焼こうとしたら、筋をまったく取らずそのまま2つに切って漬けてあった。それはまあ良いとして・・・いや、ちっとも良くは無い。以前は逆に彼が牛のサーロインを丸ごとローストするのに背脂まで完全に取り除いてオーブンに入れた為、せっかくのサーロインの脂が抜け切って、そのままでは出せずやり直した事があった。またその次の機会にはその反省?からか同じサーロインを背脂どころか内側の筋もまったく掃除せず(つまり今回の豚ヒレ同様)、しかも塩胡椒すらせずそのままオーブンへ・・・普通は塩胡椒スパイスなどは勿論、更にマスタード等を塗って焼く。ゴードンが「味付けもしないでオーブンって有り得ないですよね」と慨嘆していたが、そもそもあのゴードンに「デーブは見事に料理の知識がないですね」と呆れられる事自体が私から見ると有り得ない。彼自身大した知識があるとは思えないのだから。
しかし、そんな事より、さて筋を取って豚ヒレを焼いて試食したら、恐ろしくしょっぱい。濃いマリネ−ドだとは思ったが、豚の漬かったマリネードを舐めてみるのも気が引けてそのまま焼いたのだ(舐めていたとしても時既に遅しだが)。「いったいどんな割でマリネードを作ったの?」と聞くと「生姜醤油味だから醤油に生姜を入れただけだけど。醤油ってしょっぱいからね」と言う答えを聞いて唖然とした。生醤油にそのまま漬け込めばしょっぱい訳である。一般家庭の奥さんでもやりそうもない事だ。漬ける前に味をみて何とも思わなかったのか?そもそもブイヨン等で薄めるのは当然として豚の持ち味を活かす為には蜂蜜とかメープルシロップとか甘みを追加したりしてマリネードに工夫を凝らすのが各シェフの腕の見せ所だが、それ以前の話だ。
結局こんなものはお客様に出せる筈もないので、急遽肉の業者さんに届けてもらって、勿論漬け込んでは間に合わないので私がソースを作って対応したが、100人前以上の豚ヒレがパーだし、これだけの豚を生醤油に漬けたからには醤油の量だって馬鹿にならない。こんな事をやっても何のお咎めもなしだ。
何も個人攻撃をする為にこんな話を書いているのでは無い。彼と同時期にやはりスーシェフとして雇われ、結局更迭されたハイディとか言う女性シェフもデーブが残されて彼女が去ったくらいなのだからおして知るべしだろう。彼女の迷走ぶりについても以前ちょっと書いた。
要するに技術的に未熟でも幹部になれてしまうこの国のシステムについて前回に続いて問題提議したいというだけの事だ。何しろ指導する立場なのだから。例えばヒューゴなどは他所で料理長を経験したりもしているが、ここでは1キュイジニエとして雇われている。しかし基本も出来ていて十分シェフとしての能力を持っている。こういうのは圧倒的にフランス系に多く、私が今までカナダで一緒に仕事してきて、幹部でありながらあまりに酷いと思った人間の9割が英国系なのも偶然ではあるまい。カフェ・アンリー・ブルジェなどは流石に音に聞こえた名店だけあって1人1人の一般キュイジニエの能力レベルが高かった。ああいう店なら切磋琢磨して新人なども育っていくだろうが、そういう場所は首都圏からどんどん減っていっているのが残念である。
281.紅葉は美しいが・・・
(10月15日更新)
ほぼ週に1回は休んでいるが、それにしても忙しい日々が続いており、週の大半は朝から晩まで勤務している。まったく極端な商売だ。
これと言って新しい話題がある訳ではないのだが、この辺で更新しておかないとあっという間に月末になってしまいそうだ。
予想通り今年の紅葉は中々見事だが、目と鼻の先にある景勝地ガティノー公園にも一度だけ、それも夕方に見に行ったきりだ。今までも大体今年は紅葉が綺麗だなと思うとその秋は大抵忙しくてそれどころではない事が多かった。これも所謂マーフィの法則なのか。もっとも、今まで勤めて来たレストラン、ホテル等の全てがそれ自体紅葉を楽しむのに適した場所だったから、単なる偶然ではなく、お客様が増えるのも当然と言う事はある。しかし今の職場の夜のバンケとなると、それはあまり関係なさそうだし。
そういえばフジェール以上にご無沙汰している前職場オーベルジュ・ル・ムーランも紅葉の名所として有名な所、しばらくぶり行ってみたい気がする。時間が取れればだが・・・。
282.意外に11月も・・・
(10月31日更新)
毎年恒例・・・と言うか、何故か毎年決まってこの博物館が会場となっているコンパスグループ幹部の全国集会が今月の忙しさのピークで、同日に戦争博物館で300人規模の宴会も入っていた為、休みの無いのは勿論、朝から晩までのシフトが続いた。ようやくこれ等も終わり、紅葉も散り、クリスマス前の11月は一休み・・・と思っていたが、意外と11月に入っても500人、600人と言った大規模なバンケが平日、週末問わず組まれている。しかもどんどん空いている日にぎりぎりになって予約をするグループも多く、次の休みの日が何時なのか、3日前くらいにならないと分からない様な有様。忙しい時は、その後の休日を一区切りとして身体を調整していくもので、例えそれが1ヵ月先でもはっきり分かっていれば調整しやすいものなのだ。今は週に1度はちゃんと休んでいると言っても、月曜から日曜まで何れの日である可能性もあり、一番調整が付きにくい。季節の変わり目で風邪で休む人も続出。そういう事で休んだ試しのない私の様な人間にしわ寄せがくる面もある。
何だか色々と文句をつけている様に聞こえるかもしれないが、別にそういうつもりではない。単にそういうものだという話で、シーズンオフになって暇だった夏の分忙しいなんてむしろ有りがたい事だ。
総料理長交代と共に忙しくなったのは、まあ偶然だろうが、見ているとチームワーク的側面ではジョルジュが去ってから向上している気はする。私自身はジョルジュを尊敬しているし、そもそも彼に引き抜かれてここへ来た訳だが、今回の彼はやり過ぎていたのかもしれない。特にサーヴィスのスタッフは「あの人は我々を人間扱いしていない」としきりにこぼしていて、退任が決まった時全員が影で喝采を叫んでいた。宴会メートルドテルのスザンヌでさえ「Naki、ジョルジュ シェフの新しい働き先知ってるんでしょ?」と聞くから「いや、例によってしばらく休暇でも取るんじゃないかな。何故?」と聞き返したら「あの人がシェフをしている様な店には食べにも行きたくないから、知っておかないと」とか言い出す始末だ。よくよく嫌われたものだ(苦笑)。日本ならあんな風に癇癪持ちのシェフなんてちっとも珍しくないのだが。